でも枠から出る才能も必要ですよね。

芸術はね、才能は確かに必要。でも、こつこつこつこつ やる
人間にはかなわないというのが、 学生を何十年も見てきて思う
ことですね。
学生でも、本当はうまいのがいるかもしれないんですよ。
でもわれわれの頃はうまいのがこつこつこつこつやって
伸びてきたりしたんだけど、今はちょっと誉められると
「次はこうやってやろう」というような感じで 歌も唄って
詩も書けて彫刻も出来てなんていう事を やっちゃう。それで
そのうちに なんだかまとまんなくなっていっちゃって、
いつの間にか いなくなっちゃうなんていうのが多いような
気がしますね。
でも同じことをこつこつこつこつやっていく人間を
育てるということが今は本当に難しい時代に なっていると
いうのは、 我々じじいが振り返ってみてよく判ります。
それでも「また死にかけのじじいが古臭いことを」なんて
いわれても、こういった「こつこつこつこつやる人間
を育てないといけない」ということは
言い続けて死なないとだめだと感じてるんですよ。

コツコツやること自体には限界はないのですか。

僕はね、話し長くなるけどいい?
うちの父親が宮城県で農学校の先生を
やってたんだけど、ぼくが6つの時に亡くなってね、
それで母親が僕と二歳の弟を連れて夕張に移ったの。
その当時は中学校なんて、小樽、札幌、室蘭、旭川
ぐらいしかなくてね。でもなぜだかうちの母が
ほんとは丁稚奉公でもしたほうが助かったろうにね、
「中学校受けなさい」と言ってくれたの。
それで当時、坂本先生という方が放課後やってくれてた
中学受けるための勉強会に参加してたら、
どういう訳か通っちゃって、札幌の中学校に
通うようになったんですよね。

それで、札幌で一人暮し始たころ、
ある日曜日に札幌の自然公園に行っていると、
若い人が寄ってきて、いろいろとお話してね、
「僕は父親が死んで、母親が夕張で賃仕事しながら
仕送りしてくれてる」というようなことを話してると、
その人が「どうだ、俺と自炊しないか」て言うんですよ。
それでうちの母親に手紙を書いてくれて、そうしたら
母親がその人に会いに来たんだね。4時間かけて。
まあうちの母親も勇気があるね、全然知らない人
なのに「お願いします」なんて言って帰っちゃった。
それから家を一軒借りて、自炊を始めたの。その頃は
自炊といったって、炭おこしてこうやって扇いでね。
まあ3年生になってからはその人のお嫁さんが
来たんで炊事はしなくてよくなったんだけど、
今度は子守りやらおむつ替えやらでね。
おかげで娘や孫が出来たりした時もやったもんね。

だから僕はこんな、「母親が賃仕事しながら
仕送りしてくれる。毎日飯炊きから自分でする」
という生活と経験の中で、こつこつこつこつやること
自体が染み付いちゃったの。
お手伝いさんとかは嫌がりますよ、
僕が食べたもの自分で片付けたりするもんだから。
まあ今の人にはちょっと想像できないでしょ、
その時彼が23歳、僕が12歳ですから。